医療:世界は変だ:So-net blog
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入院体験は変?(その4) [医療]

 今回の私の場合に限って言えば、信頼できると言えるので病院名を公表する。

防衛医大病院です。

 ドクターは、手術もいつもの仕事という感じで淡淡とこなし、看護士のスキルも
問題なく、ほぼ全員笑顔で患者と接していたので、快適に過ごす事が出来まし
た。

 ただ、患者につけられた腕輪にはバーコードが付いていたのに、結局なんにも
使いませんでした。他の先進的な病院なら腕輪のバーコードと点滴パックのバー
コードをバーコードリーダーで照合してミスを防ぐとかするんですがね。ここでは
腕輪の名前と点滴パックの名前を看護士と患者が読み合わせていました。
 

甲状腺腫瘍は変?(その12) [医療]

今日、退院後最初の診察。

9時に採血、10時半に診察。

  さっきの採血で既にカルシウムバランスは問題なしとの検査結果が出ていた。
肝心のホルモンの検査はさすがに間に合わなかったが、いまの所はホルモン剤
の内服は不要との医師の診断だった。

  摘出した甲状腺の組織検査の結果は、術前検査と同じで癌であった事が確認
された。また、怪しかったので一緒に摘出したリンパ節にもやはり転移が認められ
たとの事。

 甲状腺乳頭癌は、近くのリンパ節には高頻度で転移し、遠くのリンパ節には転移
しないという教科書通りの現実というわけだ。


本日、2710円なり。

入院体験は変?(その3) [医療]

 入院生活をしていてふと思った事がある。

 うちの猫たちは、ほとんど一日中ダラダラして寝てるけど
そんな生活してて、なぜ筋肉が落ちてしまわないのだろう?

 逆にちょっと運動しないだけで足が痩せて弱くなってしまう
人間の方が、遺伝子的にダメなのだろうか?

入院体験は変?(その2) [医療]

 入院初日、いきなり参った。隣の若者、昼間の看護士との受け答えでは好青年という印象だった
が9時消灯なのに11時過ぎて大音量で音楽を聴きだした。勿論イヤホンだろうが、漏れてくる音
はシャカシャカ音どころではない。たまらず「ボリューム下げて!」と五回も六回も声をかけたが
シカト。見回りの看護士が来てやっと静かになった。昼間も病室で携帯のメールかゲーム三昧。時
には通話までする。ピアスもしてて、いかにも切れやすそうで裏表のある今時の若者らしい。夜中
のシャカシャカはその後無いが、携帯は相変わらずで、なぜか看護士はそれを公認だ。
 見舞いに彼の父親が来たとき、職場の先輩か?と思うくらい若くて、2人の会話は同僚のよう。
母親は亡くなって、男手ひとつで育ててきたようだ。バイクでコケたか何かで右手を潰し、三ヶ月
近く入院して五本の指をリハビリしているようだ。
 看護士が彼に甘いのもそれらの事情を加味しての事だったのかも知れない。 

甲状腺腫瘍は変?(その11) [医療]

SANY0008.JPGSANY0001.JPG抜糸した6月26日の傷の様子。


入院体験は変?(その1) [医療]

 入院での食事は気が沈む。健康な人もそれだけでかなり病人気分になってしまう。
基本、野菜くずのごった煮をあれこれアレンジしただけのような献立。美味しいハズもなく。

 おまけに沈黙の中、ぴちゃぴちゃという音だけ響く食事はなえるよなぁ。いっぺんで病人、
いや囚人のような気分になる。食事は味噌汁さえもぬるーくて、唯一熱いのがお茶なんだ
けど、食事の前に看護士さんがついでまわる大きな金色のヤカンが、また囚人気分に拍車
をかける。

甲状腺腫瘍は変?(その10) [医療]

 6月17日午後9時から飲食完全禁止。水もダメ。
 6月18日手術当日。浴衣に着替えて朝から点滴(ヴィーンF500ml)を開始。
 予定は2時から5時だったが、前の人の手術が長引いて、3時からとなった。パンツをT字帯
(つまりはフンドシ)にはき替え、血栓防止の加圧ソックスをはき、 病室からストレッチャーに
乗ってオペ室へ向かう。意外と乗り心地が悪い。流れる天井を見ていると酔いそうだ。手術棟
は広く、ドラマで見るような銀色のぶ厚い自動ドアを四回くらい通ってやっとオペ室に到着。
 手術台に乗り移り、脳波計や心電図の端末、酸素マスクを装着後、麻酔開始。麻酔が効いてきた
と感じてから意識がなくなるまでに7秒とかからなかった。まるで自分で目を細めていくように視
野が狭くなっていく。ちょっと抵抗してみようかとも思ったが、それでトラブってもつまらないの
で素直に身を任せた。手術中は完全に意識は無い。残念ながら臨死体験も無し。
 ただし、おそらく麻酔解除を開始した頃なのだろうが夢を見た。覚えてはいないが、普段見るよ
うな仕事の、あまり楽しくない夢だったが、なぜか寝心地が良かった。それがすぐに目が覚め、
「施術終わったな。」と思った瞬間、三つの不快感が襲ってきた。
 痛みと尿意と息苦しさだ。このうち一番強かったのは尿意だった。開口一番かすれる声で「トイレ」
と先生に言ったが、「勝手に出てますから大丈夫ですよ。」との応え。全身麻酔後に小水管をつけた
から問題ないというわけなのだが、とても我慢できない尿意だ。
 痛みは鈍痛で、我慢できないほどではなかった。
 息苦しさは、麻酔から自律呼吸に戻るまでなのだろう。ダイビングでパニクる直前の感じに似ている。
呼吸は出来ているのに息苦しく焦る。そこで気持ちを落ち着けて数十秒深呼吸しているとすぐに正常
になってきた。
 病室のベッドに戻る。意識はハッキリしており疲れない類の思考ならいくらでもできる。全身の感覚
も通常通りなので、その気になれば普通に動けそうだが、ちょっとでも動くと痛みがあるので、痛みを
気にせず自由に動かせるのは点滴をつけていない右手。声も出せるが、かすれて、痛みもあるの
で、右手で空中に文字を書いて家族と意思の疎通をした。8時頃になっていたので家族を帰し、そこ
からが大変だ。
 始めのうちは痛みをおそれて身動きできない。しかも、点滴、小水管、ドレーン、酸素マスク、つま
り4本の管に束縛されているのだ。しかしすぐに背中が痛苦しくなってきた。床ずれになりそうな感じ。
小水管による尿意とこの手術とは直接は関係ない背中の痛みがきつかった。寝返りしていいか?と
看護士に聞いたら大丈夫というので痛みを気にしながら身体を横に向けたら、看護士が背中をささえ
るためにピローを持ってきてくれた。これで背中は楽になり、身動きさえしなければ術部の痛みも無
い。残るは膀胱炎になりそうなくらいの尿意が、ほぼ一晩中続いた。結局その夜眠ったのは30分間
が2回くらいだった。酸素マスクはかえって息苦しく、時々勝手にはずしていた。

6月19日の朝、酸素マスクをはずし、トイレで小水管を抜いてもらう。「15センチくらい入ってます
から。」と看護士が言うとおりかなりの長さが挿入されていた。
 尿意はずっと続いていたので、抜いた直後に排尿を試みたがやはり少ししか出なかった。しかしそ
れでやっと尿意がおさまってホッとした。
 だがあれだけ長い管を入れていたため、尿道炎になった時のように排尿時にヒリヒリとした痛みが
走る。この痛みは20日の午後まで続いた。
 19日の朝食は普通食。飲み込むときに若干の痛みはあるが難なく完食。もう点滴を持って1人で
自由に歩行が可能。


 三食後の飲み薬(鎮痛剤、胃薬)は、6月20日の夕食まで。 

 午前と午後の点滴(生食溶解液キットH100ml、セフメタゾン静注用1g)は、6月22日の午後まで。

 6月25日に半分抜糸。どう半分なのかというと縫い目の互い違いに抜糸した。抜糸は一瞬チクッと
した痛みがあるだけで出血も無くすぐに終わった。

 6月26日に残りを抜糸。6月24日に採血した結果、今のところカルシウムとホルモンは正常値との
こと。摘出した部位の組織検査はまだ結果が出ていなかった。
 次回外来検査は7月10日と言われて、退院。

甲状腺腫瘍は変?(その9) [医療]

 明日手術というのに今朝になってPETの画像をもう一度見たいと医者が言い出した
ので、今それをとりに自宅に帰ってきたところ。

           大丈夫かな?ほんとにもう。

甲状腺腫瘍は変?(その8) [医療]

今日から二週間弱の入院。
気の進まない旅行に行く気分だ。

甲状腺腫瘍は変?(その7) [医療]

 昨日、念のためもう一度エコーで癌の大きさを測ったが明らかに1㎝を超えていた
ので、観念して手術を受けることにした。


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